Amaretto Brownie
「あれ?何読んでるんスか?」
ホテルのラウンジで、ペンを片手に何かを読みふけっている彼女の姿を見つけた。
「グルメ雑誌。」
彼女はなにやら真剣そうだ。
「下に来たの久しぶりだし、新しいお店増えてるでしょ?」
雑誌に目を落としたまま、彼女が言う。
そして、沈黙。
……………。
…退散した方がいいのか?
そう思った時だった。
「これ食べたい!ここにしよう!」
突如彼女の明るい声が響く。
実年齢より若干若く見える彼女は、声もどこか幼げだ。
「へぇ。アイスクリームショップ?・・・この季節に?」
「女の子はいつだって甘いものが必要なの。」
即答して、彼女は持っていたペンで、その店の記事にくるりと丸を付けた。
一般的な意見を言ったつもりだったが、「女の子」にとってはそうでもないらしい。
女の子は難しいな。
そんなことを心中思ってみる。
「明日が楽しみだなー。久々のオフだし、楽しまないとねっ。」
いつものあどけない笑顔。
彼女はいつだって、明るく前向きな女の子だ。
だが、翌日の彼女は少しばかり違った。
時刻は午後二時を回っていた。
「せっかくだから、もっとショッピングしたかったのに。」
雨宿りのために立ち寄ったカフェで、彼女は小さくぼやいた。
誰に言ったわけでもないだろう。おそらく心の中でぼやいたつもりだったのだろう。
もしかしたら声に出ていたとは気づいていないかもしれない。
それくらい、そっけない一言だった。
予定通りなら彼女の向かいに座っているのは、自分じゃなく同僚の女の子のはずだった。
だがその子は、酔いつぶれた上司の介抱のためホテルに留まらざるを得なかった。
その上、昼から降り出した雨で、彼女の予定はだいぶ変わってしまったようだ。
「あーあ、もうこんな時間かぁ。」
つまらなそうにため息をつく。
でもそれは、今日初めてのため息だったことに、ようやく気付いた。
女の子の代理で自分が同行することになったが、彼女は何一つ文句も言わなかったし、
ショッピング中も不満ひとつ言わなかった。
いつも通り明るく笑って話しかけてくれた。
だから、今の今まで気付かなかった。
彼女が今日をどれだけ楽しみにしていて、そして今、どれだけ落胆しているか。
「あの、今から行きましょうよ、アイスクリームショップ。」
思わず出てしまった彼女のため息には気付かなかった振りをして、話題をふってみた。
無理矢理というか、唐突な気もするけど、まあ…いいにしよう。
「・・・そーだね。うん!」
いつものように笑う彼女を見て、どこかほっとした。
雨が止んだのを見計らって、例のアイスクリームショップに来てみたが、
残念なことに彼女のお目当てだったフレーバーは売り切れだった。
「申し訳ございません、先ほど売切れてしまいまして・・・。」
クルーが軽く頭を下げる。
店頭のポップには、『数量限定。お早めにどうぞ!』の文字。
こんな時期でも、アイスクリームの需要は高いんだな。
そんなことをふと思う。
彼女はというと、残念そうに肩を落としていた。
「えーと・・・」
なんと声をかけていいかわからず、曖昧に声をかけると彼女は笑った。
「売り切れじゃあ仕方ないよねー。でも、せっかく来たんだし別の頼もっか。」
明るく笑ってアイスボックスを眺める彼女。
いつもと同じ明るい笑顔。
だけど、何だろう。何か違う。
そう思った矢先、思わず言葉が出てきた。
「また、来ましょう!」
自分でも驚くくらい大きな声だった。
彼女も驚いて目を丸くしている。
「楽しみにしてたんでしょう?食べなきゃ納得行きませんよ!その―…………なんとか味。」
そういえば、彼女のお目当てのフレーバーを知らなかった。
ああ、相変わらず抜けているな。
自分の間抜けさが、急に恥ずかしくなった。
「―うん。」
彼女の声に、顔を上げた。
すると彼女は、いつもより少しだけ大人っぽい、優しい笑顔を見せた。
「そうだね。また一緒に来よう。絶対!」
明るくて温かくて、優しい笑顔。
やっぱり女の子は難しい―でも、それがいい。