河梁の詩

いつかの記憶:一



「サクラ、好き?」
ふらりと立ち寄ったコーヒーショップで、唐突に彼女が尋ねてきた。
「サクラって、あの”桜”?」
「そう、あの”桜”」
そう、と答えてくれたものの、俺が思いついたサクラ――桜の花と、
彼女の言うサクラが同じかどうか、正直判断しかねる。
それでも俺は、彼女の言う”サクラ”が”桜の花”だと仮定して話を進める。
「好きだよ。綺麗だし、優しい感じがするから」
「優しい? どうして?」
彼女が不思議そうに首を傾げる。
「淡い色とか、薄い花びらとか……風にひらひらと舞う様は優しく感じる」
「風に舞うというのは、つまり、散ってしまうということよね」
「それは、花だから、いずれ散ってしまうよ」
あたりまえのことを、俺は口にした。
「儚く散る姿も、それはそれで綺麗だろう?」
「そうね、綺麗よ。だけど、優しくはないわ」
ほんの少し頬をふくらませ、彼女はカップを持ち上げた。
その動きに合わせて、淡色の水面が揺れる。
「自分を好いてくれる人を残して散ってしまうなんて、ちっとも優しくなんかないわ」
そう言って、彼女はカップの縁に口を付ける。
「ところで、キミが飲んでいるそれは何?」
「サクラ・ラテ」
桜の香りがするその飲みものを手に、彼女は嬉しそうに笑った。