河梁の詩

いつかの明日:二



その日、俺は待ち合わせの時間に遅れた。

言い訳をするつもりはないが、原因は昨夜の記録的な豪雨だ。
自宅から待ち合わせの場所へ行くには、この街を通る唯一の電車に 乗らなければならないのだが、
この電車は悪天候に非常に弱い。 台風などの豪雨になると、かなりの確率で運転を見合わせてしまう。
そして昨夜も例外なく、運転を見合わせたのだ。
今では雨はすっかり止んだものの、電車の運行にはいまだ遅延が発生していた。

そんなわけで、俺はめずらしく―彼女との待ち合わせでは初めて―遅刻した。
待ち合わせ場所に駆けつけると、そこには当然彼女の姿があった。
「ごめん、遅刻した」
彼女に関しては初めてのことなので断言できないが、 大体の場合、待ち合わせに遅刻したら怒られるものだ。
俺は着くなり、すぐさまあやまった。
だが彼女は、まるで怒った風もなく「おはよう」と笑った。
「遅れたのに、怒らないんだね」
「怒る? どうして?」
「キミを待たせてしまっただろう?」
俺が答えると、彼女は少し考えてからこう言った。
「そうね、結構待ったわね。けど、楽しかったから、あやまられるようなことじゃないわ 」
「楽しかった? 偶然知り合いとでも会った?」
「いいえ、会ってないわ」
「じゃあ何が楽しかったんだ?」
首をひねる俺を見て、彼女は笑った。
「そうやって首をひねるあなたを想像しているのが楽しかったの。
 ――実際、見ることができて、もっと楽しくなったわ」
彼女の笑顔は、水たまりに映る太陽のように輝いていた。